シーソー・ゲーム 2
「来ると思ってました」
ドアを開けて瀬川を迎え入れた高岡は、リビングまで瀬川を案内しながら言った。
「……あんな反応で?」
「あんな反応だったから。連絡する気がないなら『連絡する』と言う筈だと思って」
「昔の俺とは違う」
「でもここには来た」
「…………」
「何か飲みますか? ウィスキー? ワイン? それともビール?」
「ビール」
「コロナで大丈夫ですか?」
「別に何でも」
「どうぞ座ってください」
促された通りソファに腰を下ろし、瀬川は部屋を見回す。思っていた程広くはなく、家具や調度品も安物ではないにしろ高級品でもなさそうだった。他の何を置いても車に金を掛けるタイプか、と瀬川はやや落胆を覚える。
リビングから仕切りを置かずに続くダイニングのテーブルには、琥珀色の液体が入ったロックグラスが見えた。どうやら来る前に飲んでいたらしい――訪問の連絡を受けた後だろうか?
「食事は済ませた後ですか?」
キッチンから戻ってきた高岡は瀬川にコロナを手渡しながら尋ねた。封は開けられていて、王冠の代わりにカットのライムが被せてあった。
「今日は何も」
「何か取りましょうか」
「いい。まだあるんだろ?」
瀬川はコロナを軽く掲げて見せた。
「勿論。食べ物もつまみ程度ならありますから、冷蔵庫の中のものは好きに出してください」
高岡は瀬川の前にあるローテーブルにミックスナッツとチーズが盛られた皿を置いた。そしてダイニングから例のグラスと椅子を一脚、ダイニングテーブル横の棚から灰皿を取って戻った。
灰皿は瀬川の前に、椅子はソファの斜め向こうに置かれた。瀬川からは手を伸ばしても僅かに届かない距離。
「乾杯」
「乾杯」
呷る振りをして、一口目は唇を湿らせる程度にした。妙な味も臭いもしない――二口目は普通に飲み、煙草に火を点けた。
「それで?」
「『それで』?」
「何で今更俺を探そうと?」
高岡は両手で持ったグラスの中の琥珀に目を落とした。
「大学から東京の方に行ってたんです。仕事も家もずっと東京で……けど身内の葬式でこっちに戻ってきたら何となくまた住みたくなって。あの町には良い転職先が見つからなったので、結局落ち着いたのはここになったんですが……たまに車であっちの方までドライブすると、昔のことが懐かしくなってくるんです。家の前の駄菓子屋とか、通っていた学校とか……大和さんのことも。調べてもらったのは駄目元だったんですよ。まさか本当に見つかるとは思わなかったから」
「どっかで野垂れ死んでるか、人でも殺して行方をくらましてるって?」
「そんなこと」
冗談だと受け取ったのか、高岡は軽く笑った。
「あれから二十年以上も過ぎたんですよ。あの時の僕達と同じ年頃の子に、おじさんと呼ばれても全くおかしくない年齢なんですから」
「お前は言われないだろ」
一目で分かった。高岡は人並み以上に自分の容姿に気を遣って生きてきた人間だと。体型を崩さない為に定期的に運動し、髪は理容室ではなく美容室で整え、趣味の良い香水を身に纏い、靴をまめに手入れし、洗練された服を着、歯科で保険が効かないサービスを受けて、上等の人間に見えるように金も時間も労力も掛けている人間。
努力の結果は出ている。余程捻くれた中学生が相手でもない限り、高岡は『お兄さん』と呼ばれるだろう。
「ジムにお金と時間を落としていた甲斐はありましたね」
高岡の微笑む顔を見て瀬川は思う――自分が大抵の人間の目に魅力的に映ることを自覚している顔だ。
「お前、独身だろ?」
「ええ、今は」
「今は?」
「別れたのは一年くらい前です。僕が一度は結婚していたなんて、意外ですか?」
瀬川はコロナを口にしながら曖昧に眉を動かしてみせた。意外だと思ったのは事実だが、結局別れたのならそう驚く程のことでもない。
「円満に別れたので、今でもたまに会うんです。結婚相手としてより、友人として付き合う方が僕達には良かった」
「俺は別れた女と用事もなく会うなんて御免だけどな」
高岡の反応を見て、どんな結婚をしていたのか知っているのだと分かった。さりげない風を装って目を逸らしたのは罪悪感があるからだ。
「俺は三回結婚して三回離婚した。知ってるんだろ?」
高岡は頷いた。
「お前が雇った探偵って、一体どこまで人の個人情報をお前に売り飛ばしたわけ?」
「……そんなに多くは」
再会の日の態度を思い出す。あの場で主導権を握っていたのは高岡だ。二十数年の空白を埋めて余りあるアドバンテージを得ていたのだと考えれば、瀬川を前にして全く物怖じしていなかったのも頷ける。
「多くはないとしても、フェアじゃない。だよな?」
「確かに……そうですね」
「離婚の理由は?」
不躾で無遠慮な問い掛けだった。高岡は平静を保っているように見せてはいたが、内心明らかに戸惑い、動揺していることは目を見れば分かった。
「……彼女に好きな人が出来たんです」
「へぇ、向こうが。お前の反応は?」
「受け入れました。相手がとても良い人だったので、彼女は僕といるよりも幸せになれると確信出来たんです」
「嫉妬は? 怒ったり憎んだりは?」
「しませんでした」
「普通はする」
「ええ、普通だったらそうかもしれません。……二本目、持ってきましょうか?」
瀬川の瓶は殆ど空になっていた。高岡のグラスもだ。
「今度はお前と同じで」
「ストレート?」
「ロック」
高岡はキッチンから氷が入ったロックグラスを二つとウィスキーを瓶ごと持ってきた。封は開いていない。これから一本開けるつもりで飲むという意思表示だろう。
なみなみと注がれたグラスを受け取り、瀬川は軽く氷を転がしてから口をつけた――悪くはない。主導権を取り戻した後となれば尚更だ。
「結婚してるとき、お前の方に恋人は?」
「一度も」
「なら浮気は?」
高岡は首を横に振る。
「そこまでしてあっさり別れるなんて、普通じゃない」
「分かってるんでしょう?」
「何を?」
貴方には分かっている筈だ、と高岡の目が責めるように言う。そう、瀬川には最初から分かっていた。
「彼女とは結婚する前もした後も、一度もセックスはしなかった。友情婚、っていうんでしょうか。だけど世間体の為じゃないし、僕は彼女に普通の友人に抱くものとは違う特別な愛情を感じた。彼女もそうだった。多分、しようと思えば出来たと思うんです。でも……そこに情熱は有り得ない」
なら何の為に結婚したのかと瀬川は不思議に思う。恋愛感情はない、セックスはしない、子どもを持つ為でも世間体の為でもない。瀬川には二人の結婚がただのママゴト遊びにしか思えなかった。
「よく我慢出来たよな」
「我慢?」
「操を立ててたんだろ? 一体何の為に?」
「結婚ってそういうものでしょう。相手を裏切らず、どんなときも誠実でいると誓い合う契約なんですから」
「向こうはお前を裏切ったのに?」
「まさか。関係を終わらせるときのことは最初から二人で決めていましたから。彼女が相手と付き合い出したのは別れた後です」
瀬川はグラスの中身を増やしながら、複雑なわりに無意味としか思えない結婚の話から何か自分の興味をそそるようなもの――醜悪な形をした何かが引き出せないだろうかと考え始めた。一回り小さくなった氷を人差し指の先で突き、一口二口飲んだところで思いついた。
――小奇麗な部屋、身なりに気を遣っている男。吸いもしないのに部屋に置いている灰皿。
「……それで、お前はいつだったんだ?」
高岡は膝の上で持ったグラスの中に視線を落としていた。返答は暫く無かったが、ふいに高岡は顔を上げ、自虐的な笑みを浮かべて答えた。
「同居を解消したその日のうちに」
その答えを、瀬川はとても気に入った。
「この部屋に連れ込んで?」
「そこまで答える必要が?」
「答えたくないなら答えなきゃいい」
「……この部屋に連れ込んだことはないですよ。別れた後に契約した部屋だし……それに、ホテルで済ませた方が色々と都合がいいですから」
「答えなくても良かったのに」
「酒の肴にちょうど良いでしょう」
皮肉っぽく聞こえたのは気のせいではないだろうが、瀬川は「そうだな」とだけ返した。
「でも大和さんも僕と同じですね」
「お前と? どの辺りが? 結婚に失敗したところ? それとも車に金を掛けたがるところとか?」
高岡は曖昧な笑みを浮かべるだけで、正解を口にすることはなかった。
「今の話より、昔話でもしませんか」
「してどうする? 楽しくないこともあっただろ?」
「そうですね。でもどうしてああなったのか分かったら、少しはすっきりするんじゃないですか? 多分」
「他人事みたいに言うんだな」
「だって昔話ですから」
そう、確かに高岡の言う通り昔話だ。二人の間に起こったことは、もはや遠い過去の出来事に過ぎないのだから。
瀬川は正面の液晶テレビを見つめ、暗い画面の中に映る二人を出会った頃の姿に巻き戻そうとした。どんな風だっただろうか――瀬川はあの頃とっくに酒や煙草に手を出していたし、背が伸びるのも早かった。大きく変わったのは髪型と肉付き、肌の質感くらいだろう。
高岡は? 当時よくつるんでいた同級生の弟――兄とはあまり似ていなかった二個下の少年は、あの頃女か男かも分からないような顔をしていた。背は平均的に伸びていたし、別に女っぽい振る舞いをしていたわけでもなかったが、その整った顔立ちが幼さと相まって彼を中性的に見せていたのだ。
「あの頃のお前、そこらの女よりも可愛い顔してたな。兄貴とは似ても似つかない顔で」
「僕が父似で、兄が母似なんですよ」
高岡の家に何度か家に行ったことがあった。その時に両親の顔を見たことがあったような気もするが、さすがに記憶にはなかった。
友人の弟と二人だけで遊ぶようになったのは一体いつ頃だっただろうか。
「よくうちに遊びに来てましたね」
「ああ……、『よく』って言っても何か月かのことだろ」
「そうです。兄と大和さんが喧嘩してからは、ぱったり来なくなった」
一度高岡の兄が約束をすっぽかしたことがあった。訪ねてきて上がりもせず帰るのは癪で、瀬川は家にいた弟の方に声を掛けたのだ。それまではたった一言二言話したことがあるだけだった。
喧嘩の原因は瀬川だ。兄の方と共有する為に持参した煙草と酒を、気紛れに弟の方に与えてしまったことが兄の逆鱗に触れた。特に仲が良い兄弟ではなかったというのに――きっとあれで彼には兄としての自覚があったのだ。
「あの後、俺に会うなって言われただろ?」
「言われました。『あいつとは関わるな』って」
「でもお前はそれに逆らった」
「僕じゃなくてもそうしたと思いますよ。上に駄目だと言われたら下は反抗したくなる」
だが高岡は兄の忠告に従うべきだったのだ。
瀬川は何本目かの煙草に火を点けた。高岡の方は未だに煙草を取り出す素振りすら見せない。昔吸わせたとき酷く咳き込んで最後まで慣れなかったことを考えると、吸わないのではなく吸えないのだ。ああは言っていたが吸わない人間の部屋に灰皿がある理由は一つしかない――高岡は吸う人間を頻繁に部屋に連れ込んでいる。確信はなかったが、直観で別れた妻の為のものではないだろうと思った。
「今兄貴とは?」
「疎遠ですね。関西の方に引っ越したことと、去年四人目の子どもが生まれたことは聞いたんですが」
「へぇ、四人も。弟がゼロだからちょうどいいな」
高岡は唇の端を軽く上げた後、ふと何か思いついたような顔をした。
「大和さんは……子どもが欲しいと思ったことは?」
「あるわけねーだろ。あるように見えるか?」
高岡は微かに笑って首を横に振る。
「ガキなんて鬱陶しいだけだろ。自分がガキの頃から思ってた」
「僕には構ってくれたじゃないですか」
「お前には可愛げがあったからな。俺の言うことなら何でも聞いたし殆ど逆らわなかっただろ」
「だって大和さんは僕の知らなかったことを教えてくれましたから」
「酒と煙草?」
「他にも。色んなことを」
「色んなこと?」
「色んなことですよ」
「例えば?」
瀬川は高岡の目を見つめて言った――その声音と目つきに、再会した二人がまだ一度も言葉にはしていない過去の秘密を匂わせながら。
高岡は瀬川をじっと見つめ返した。瀬川の意図に気付いたことは明白だった。沈黙の後、高岡はテーブルにグラスを置いて立ち上がった。ソファに膝を乗せ、ゆっくりと瀬川に体を近付ける。そして短くなった煙草を左手の指の間からそっと抜き取り、灰皿に置いた。
唇が重なる――高岡の手の平が瀬川の胸に触れる。前を開けたジャケットの隙間からシャツに触れ、そのまま下へと滑っていく。離れた唇がもう一度重なったとき、その手は瀬川が望んでいた場所に辿り着いた。
「充」
高岡の手が止まる。瀬川は反射的にか身を引こうとした高岡を抱き寄せ、もう一方の手に持っていたグラスを高岡の口に近付けた。無抵抗に開いた唇にグラスの口が触れる。溶けた氷で薄まった琥珀色の液体を少しずつ咥内に流し込んでいく。二口三口飲ませたところで瀬川はグラスを離し、残りは自らで処理して、空になったグラスをテーブルに置いた。
今度は瀬川の方から口付けた。膝の上に高岡を座らせ、仄かに赤く染まった熱い頬に手を添えて唇をすり合わせる。表面に薄く残った酒を舐め取り、角度を変えて深く重ね合わせては離した。アルコールのせいか息苦しげに喘ぐ高岡の後頭部に手を当て、髪を撫でながら逃げ場を奪う。
息継ぎの合間に鼻腔へと忍び込んでくるのはあの紙片に残っていた香りで、体臭は殆ど嗅ぎ取れない。それが意味することを一瞬にして理解した瀬川は、高岡をソファに押し倒した。
高岡は潤んだ目で瀬川を見上げ、荒く息を吐き出しながら瀬川の肩に触れた。
「……もう『可愛い』なんて年じゃ……、ないんですよ」
「黙ってろ、充」
瀬川はジャケットを脱いでソファに掛け、高岡の唇に噛みつくようにしてもう一度口付けた。唇の間に舌を差し込みながら高岡のセーターとシャツを捲り上げ、剥き出しになった腹を撫でる。引き締まった腹筋、滑らかで熱い肌。発展途上にあった昔ほどの瑞々しさはなく、女たちのように柔らかくもなかったが、それでも興奮を煽られる程度には好ましい感触だった。
シャワーを浴び香水を纏って自分を待っていた男の体を、瀬川は性急に暴いていく。セーターとシャツを脱がせ、ベルトを外し、ボトムの前をくつろげて膨らみに触れる。肩に舌を這わせながら人差し指の背でそこを撫でてやれば、高岡は期待と興奮が滲んだ震える吐息を漏らした。
そこに触れたいという欲求が瀬川の中に起こったことは一度もない――ただ触れるだけで興奮するのは自らのものだけだ。遥か昔、慣れない酒に酔って瀬川に体を凭れた少年の下着の中に手を差し込んだときも、彼の幼いペニスそのものに性的な衝動を感じたわけではなかった。瀬川が他人のそれに手を伸ばすのは、単に相手の緊張を解す為、あるいは目の前にいる存在を自らの手で翻弄してやりたいという欲求からだ。
窮屈そうな布の中からそれを解放してやろうと瀬川は下着のゴムの部分に指を掛け、引き下ろす寸前に気を変えた。ソファを降りて高岡の背中と膝の裏に手を入れると、高岡はやや戸惑いつつも瀬川の首の後ろに手を回した。
いくら細身とはいえ、平均より高めの身長の男一人を抱え上げるのは普段女たちにするのと勝手が違ったが、そのまま寝室にまで運ぶ程度のことは瀬川にとって造作もないことだった。
腕に抱いた体をベッドに下ろすと、高岡は明らかにそれまでよりも強く欲情した目で瀬川を見上げた。小さく開いた口から荒い息を漏らし、瀬川のシャツに手を伸ばしてボタンを外そうとする。瀬川は少しの間それを眺めて楽しみ、全て外し終わる前に高岡を押し倒して、自らシャツを脱ぎ捨てた。
「大和さん……、そこの……引き出しの中に」
視線を追ってナイトテーブルの引き出しを開ける。箱から出されたコンドームに、開封済みのローション。
「準備万端」
瀬川は揶揄するように言い、高岡の体を俯せにした。剥き出しの背中にローションを垂らす――寝室には暖房が入っていない。冷たさに一瞬体をびくつかせた高岡の体からボトムと下着を一気に抜き取り、腹の下に手を入れて尻を上げさせた。
左手で尻を割り開く。照明の下に晒されて肛門がひくついた。瀬川は背中に垂らしたローションを右手で掬い取り、濡れた親指を窄まった場所に押し付けた。抵抗は一瞬だけで、平均よりも大きめの手の指は呆気なくずぶずぶと根元まで飲み込まれてしまった。
「……淫乱」
思わず呟くと、挿入した指がきつく締め付けられた。欲望と嘲笑の入り混じった瀬川の声に反応したのだろう。もう一方をシーツに埋めた高岡の横顔は上気したままで、侮辱によって体を強張らせたのではなく、興奮を煽られて反応を示したのだとすぐに分かった。
瀬川は笑い、挿入した指で中を掻き回しながら左手で自身のベルトを外した。何度かペニスを擦ってからコンドームの包装を歯で破り、素早く装着する。高岡がどれほど一連の動きを意識しているのか、どれほどその瞬間を待ち望んでいるのかを空気で感じた。
硬く勃起したペニスにローションを垂らし、親指を高岡の中から引き抜いて、こじ開けたその場所が閉じ切ってしまう前に亀頭を押し込んだ。
「あ……」
その吐息が苦痛からではないことを瀬川は理解していた。だがまるで優しく辛抱強い恋人がするように高岡の腰を撫で、ゆっくりと挿入を深くしていく。じわりじわりと貫く感覚を味わい、少しずつ確実に征服されていく感覚を高岡に味わわせる為に。
瀬川は開いた口から息を吐き、獣のように冷たく鋭い瞳で高岡の体を見下ろした。瀬川のペニスを咥え込んでいく挿入部、余分な肉など微塵も見当たらない腰、背骨に沿って伸びる一筋の線、濡れて光沢を放つ滑らかな肌を――外側が上物なら、内側もそうだった。粘膜は熱く柔らかく、そして括約筋の締め付けは指を挿入したときよりもずっときつく感じた。
最後は高岡の腰を掴んで自らの方へ引き寄せ、深く埋め込んだ。枕に顔を伏せた高岡の口からは荒い息が漏れている。緊張からか、興奮からか、内側から腹を圧迫される息苦しさからか。
瀬川は高岡の太腿に手を伸ばした。汗で湿り気を帯び始めた肌を手の平で擦りながら、徐々に上へと移動していく。太腿の付け根を撫でたときの反応が一番良かった。薄い皮膚を指が掠めた瞬間に高岡はシーツを握り締め、一瞬息を止めた。瀬川がそのまま陰嚢、ペニスへと手を滑らせると、高岡の口からは堪え切れなくなったように甘い吐息が漏れた。
勃起したペニスを擦れば締め付けがきつくなる。射精まで導き緊張ごと吐き出させてしまえば挿入は容易になり、高岡の負担も減ることは分かっていたが、解放を求めて苦しげに息を吐く背中を見ながら犯す方が瀬川の好みに合っていた。
「充」
ペニスを刺激していた方の手を高岡の手に重ね、もう一方で細い腰を持って動き始めた。
「あ、あ、あ……」
打ち込む度に高岡の口から声が漏れる。低く澄んだ喘ぎ声は瀬川の下半身に響き、海綿体に集まる熱を高めていく。
「大和さん、大和さん、大和さん、ああ、ああ……!」
やがて呆気なく限界が近付いてくる。瀬川は高岡の腰を両手で掴み、激しく打ちつけ始めた。射精への欲求に突き動かされ支配されているのは高岡の方も同じで、喘ぎながら瀬川の下で自身のペニスを擦っている。
先に達したのは高岡の方だった。瀬川のペニスを強く締め付けたかと思うと、体を震わせながらシーツに精液を吐き出した。瀬川は緩く波打つように動く腸壁に容赦なくペニスを擦り付け、幾らか遅れて射精に至った。
ふっと息を吐き、ペニスを抜いてコンドームをベッド横のごみ箱に落とす。俯せになったまま肩で息をしている高岡の肩をするりと撫で、それからぐっと掴んで仰向けにした。
紅潮したままの頬、誘うように小さく開いた口、微かに濡れた目元、熱が籠った目――二人はどちらからともなく唇を重ね合わせた。高岡の手はすぐに瀬川の首の後ろに回り、その太腿は圧し掛かる瀬川の腰を挟んで締め付けた。
「もっと……もっとください。もっと欲しい……」
瀬川は高岡ほど強く興奮を取り戻していたわけではなかったし、普段なら鬱陶しいと思うところだったが、不思議と悪い気はしなかった。瀬川を限界まで引き寄せようとする手をベッドに縫い付け、高岡の唇の隙間にタールが滲み込んだ舌を差し込んで絡み合わせた。咥内を嬲りながら手首から腕へ、腕から肩へと手を移動していく。
高岡が唾液をごくりと飲み込んだ音を聞いてから唇を離した。耳を甘噛みしながら肩に置いた手を胸へと滑らせ、乳首を押し潰すようにして弄ぶ。高岡はそれだけで体を震わせて喜び、瀬川に勃起したペニスを押し付けて泣き出す寸前のような吐息を漏らした。
「……お前、やっぱり今も可愛いよ」
瀬川はそう囁いた耳に舌を差し込み、高岡のペニスに手を伸ばした。
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