5-2.彼の中

 持田の初恋は中学一年生の頃、相手は持田の母親の書道教室に顔を出していた大学院生だった。
 彼は生徒ではなく、生徒だった彼の弟と妹の迎え役を務めているだけだったので、迎えに来るタイミングが早すぎた時は暇潰しに持田と会話をすることもあった。友人というには年が離れていたが、その年で大学生に間違えられることもあった持田は彼の友人になるのに幼過ぎるということはなかったらしく、頻繁に本の貸し借りをするようになるくらいの親交を持った。
 少し内気ながら、賢く穏やかで優しい性格の、目立たないがよく見れば端正な顔立ちをした彼に持田が抱いていたのは、純粋な恋愛感情というより、同胞意識と淡い憧れが混じりあった感情だった。彼が勧める本は大抵持田の趣味に合ったし、持田が抱いた感想は彼も抱いた事があった。一見して似ているところが無い二人は、互いにどこか通じ合うものを感じていた。
 だから、彼がそれまでの人生で全く交際経験がなく、当然誰かと性的な行為に及んだ経験もないという事、そしてそれを全く恥じておらず、いつか出会う運命の人に捧げると決めているのだと何かの折にたった一度だけ口にした時、持田は笑い飛ばすような事はせず、自分もそうしようと決め、そしてそうしたいと思った。
 持田が彼への恋心を自覚して間もなく、彼も恋をした。相手は持田ではなかった。
「本当に綺麗だ……」
 心を打つ芸術作品を前にして思わず呟くように、彼は彼女を目にするたびに何度もそう口にした。綺麗だと、彼女のように美しい人はいないと言った。実際、彼女は美しかった。街を歩けば人が思わず振り返ってしまうような、非凡な美しさと存在感があった。持田の知る限り、彼女と一言でも話して彼女に恋をしなかった男は、彼女の肉親と、従姉である彼女から弟のように可愛がられていた持田自身だけだった。
 持田が恋した男に彼女も恋をした。出会った瞬間に二人が惹かれ合うのを、持田はその目で見ていた。失望はしなかった――人と人が恋に落ちる瞬間を生まれて初めて目にして、感動すら覚えた。そして元々告げるつもりもなかった思いは雲のように流れて、いつの間にか消えてしまった。
 彼は三つ年下の彼女をこれ以上ないほど大事にした。彼女の信奉者として彼女を傷付ける事を望まず、彼女がいいと言っても、自分が一人の人間として一人前になるまでは決して手を出さないつもりだった。妖精のように可憐で透き通った美貌を持った彼女は、彼や持田に不満をまき散らすような女では決してなかったが、持田の前で一度、それは自分の望みではないと漏らしたことがあった。
 その言葉の意味を本当に理解したのは――二人が付き合い始めて半年経ったある日の事だった。
 定期試験の期間に入って普段よりも早く帰された持田は、母親に頼まれて伯父夫婦の家に荷物を届けに行った。貰い物の饅頭と餅を包んだ風呂敷を手に提げ、持田は伯父夫婦の家のドアを叩いた。玄関ブザーは一週間前から壊れていたし、持田は携帯を持たされていなかったから、そうする他に訪問を告げる方法はなかった。仕事に出ている伯父以外は在宅の筈の時間帯だったが、誰も出てこなかった。作業中で音が聞こえなかったのかもしれない――そう思いつつ、持たされていた合鍵を使って中に入った。
 伯父夫婦からは息子同然に、従姉からは弟同然に可愛がられていた持田は、いつでも好きに家に出入りしていい事になっていた。とはいえ、実際にその鍵を使った事は数えるほどしかなかった。その日と同じように、不在中、母親から頼まれた荷物を届ける時に何度か使ったくらいで、用が済めば長居をすることはなかった。
 中に入って、男物の――伯父のものではない靴の存在に気付いた。見覚えのある靴だった。
 少なくともその靴の持ち主と従姉は在宅らしいと、持田は判断した。伯父の妻は時折そうしているように友人とお茶にでも出掛けているのだろう。もし在宅なら二人と談笑する声が聞こえた筈だ。彼は――恋人と二人きりになって自分が間違いを犯すことを極端に恐れていた。二人きりにならないよう、持田を交えて三人で出掛けることすらあったくらいだった。
 持田は二階にある従姉の部屋へと歩いて行った。近付いていくうちに微かに聞こえてきた話し声はよく聞き取れなかった。だが――きっと、持田は最初から気付いていた。何かがいつもと違う事を。美しい従姉の部屋で行われている事を、頭のどこかで理解していた。
 ほんの僅かだけ開いたドアの隙間から、二人の姿が見えた。
 カーテンの閉じた薄暗い部屋の中で、白く浮き上がるような裸体が見えた。
 彼女は彼の前に立っていた。その傍の床に、彼女のブラウスとスカート――そして下着が無造作に落ちていた。
「――――」
 彼女が彼に何を言ったのか、持田は思い出せない。ベッドに腰掛けていた彼は首を横に振りながらも、彼女から目を逸らせずにいた。それほどまでに美しい体だった。ほっそりとした腰、柔らかそうな形の良い乳房、長い髪が流れる背中の線は芸術品のようだった。人形のように美しい彼女に人間味を与えているのは、紅潮した頬と、恋人を映す瞳に浮かぶ欲望だった。
 彼女はベッドに乗り上げ、彼に手を伸ばした。そして彼を押し倒し、懇願した。
 あなたが欲しい――。
 そして彼はようやく彼女を抱き締めた。
 口付け合う美しい二人は、最後まで持田の存在に気付かなかった。二人の世界はそれ以外の全てから切り取られ、まるで映画の一シーンのように完璧な姿でそこにあった。
 持田は放心状態でその場を離れた。置いて行く筈の風呂敷を手にしたまま、どこまでが現実でそこまでが想像なのか区別もつかないまま――家に戻った。
 心を揺さぶられたのは、一度は恋をした男の欲情した顔を見たからでも、美しい女の裸体を見たからでもなかった。二人が互いを心の底から求めている事を、これ以上ないほどの形で理解したからだった。
 彼のように人生でたった一度と言えるほどの人と、自分もいつか出会いたいと持田は心の底から願った。
 彼女が彼を欲したように、強く欲されたいと思った。
 いつか出会う運命の人と、心も体もすべて奪われてしまうような恋をしたかった。



 気付いた時、音楽は止まっていた。橙色の光に染まる静かな部屋で、持田は天井を見上げていた。
 どれくらい経ったのだろうか。随分長い間、待っていたような気がする。
 持田が体を起こした時、階段を上る足音が聞こえた。持田はベッドから降りてドアの前に立った。数秒後、ドアが開いた。
「……泰河……」
 シンプルなグレーのシャツと黒のスウェットパンツに身を包んだ唐桑は、心底驚いたような目で持田を見つめ――それから唐突に持田の首の後ろに手を回し、持田の唇に口付けた。一瞬で持田を夢中にさせた唇は始まりと同じように前触れもなく離れていく。唐桑は自らの衝動的な行為に動揺しているように一瞬瞳を揺らした後、また唇を重ね合わせた。激しくはないが深く、音もなく熱を上げていくようなキスだった。
 唐桑は持田をきつく引き寄せ、体を密着させる。湯上りの体は熱く、清潔な香りがした。目眩がするような魅力的な体――キスだけで信じられないほど良いのに、それだけでは足りないと思ってしまう。無意識に股間を押し付けると、唐桑の身体が後方へと僅かに逃げた。開いた距離を埋めたのはその距離を作った唐桑の方で、距離を縮めても止まらず、持田に口付けながらベッドに追いやっていく。
 脛が縁に当たって、そのまま後ろに倒れ込む。唐桑はすぐに持田の上へ乗り上がり、唇を重ね合わせながら持田のシャツの下に手を差し入れた。その手は持田の腹を撫で、ピアスが収まった臍をくすぐる。
 持田は片手を唐桑の後ろに回し、肩甲骨から引き締まった腰へ、そしてその先へと下ろしていった。びくりと揺れた腰を引き寄せながら、スウェットパンツと肌の隙間に指を差し込む。下着のゴムが指先に触れる。持田はもっと先へと手を滑らせた。ある筈のものがない――手は直に肌に触れる。持田は盛り上がった尻を上から下へと撫で、それから手の平と指を使ってねっとりと揉み込んだ。
 キスが途切れる。唐桑は持田の肩に顔を埋め、小さく呻いた。
「……穿いて、くれたんだ?」
 持田が尋ねると、唐桑は頷いた。まだ少し湿った唐桑の髪が顔をくすぐる。持田はシャンプーの香りを思い切り肺に吸い込んだ。
「……もう用意してるなんて……聞いてなかった……」
「ペナルティはこれで帳消しにするよ」
「お釣りを貰ってもいいくらいだ」
 唐桑は顔を上げた。薄暗い中でも見て分かるほどに頬と耳が赤くなっている。
「恥ずかしい?」
「……恥ずかしくないわけ、ないだろ」
 勘弁してくれ、と唐桑は呟いた。その唇に軽く口付け、持田はスウェットパンツを軽くずり下げた。
「貴大さん、見せて……」
 唐桑は顔を伏せたままゆっくりと何度か熱い溜息を吐き、それから持田の頭の下に手を差し込み、頭を抱いて、持田の耳にそっと口付けた。舌先が浅い溝をなぞり、唇がピアスの穴が開いた耳朶を軽く食んで付け根を吸う。持田はじんと痺れるような快感を味わいながら、どうしようもなく唐桑の顔を見たいと思った――一体どんな目をしているのだろう?
「……見たいのか?」
「見たい……見せて」
 そして唐桑は顔を上げた。紅潮した頬……潤んだ瞳には欲望と静かな興奮が滲んでいる。ほんの少し前まで唐桑を支配していた筈の羞恥心は今、ぞくりとするほど色香に満ちた眼差しの奥に隠れている。唐桑は持田の目を見つめたまま体を起こした。シャツを脱ぎ捨て、膝立ちになってスウェットパンツを下ろしていく。持田が唐桑のそれとすり替えた下着が姿を現す。深い青と白のウエストバンド――盛り上がったフロントに、思わず持田は喉を鳴らした。
 唐桑は片足ずつスウェットパンツを引き抜き、下着一枚になった。一見して普通の下着と変わらないそれは――。
 持田が見つめる中、唐桑は持田の体を跨ぎ直し、膝立ちで後ろ向きになった。持田の視線はうなじからまっすぐに伸びる背骨を辿る。歪み一つない美しい背中――引き締まった腰。下着のウエストバンドの鮮やかな青が映える肌。そしてその下の肌を覆う筈の布地は――見当たらない。その部分を除けばごく普通の下着に過ぎないそれは、ただその部分が取り払われているだけで、唐桑をいやらしい生き物に変えていた。完璧な形をした肉厚の尻は丸見えで、その下部、腿の付け根の辺りにウエストバンドと同じ色の二本のゴムが通っている。滑らかな肌に覆われた双丘は上下に通った三つの線に強調され、言葉が見つからないほど色っぽかった。触れてくれ――そう誘い掛けているようにさえ見えた。
 手を伸ばし、中指の背でそっと横に撫でた。触れた柔らかな肉が収縮する。唐桑が息を吐く音が聞こえた――たったこれだけの愛撫で感じたのだろうか。
 もっと触れたい。もっと感じさせたい。快感に喘ぐ吐息を、声を聞きたい。甘い欲望が持田の思考を埋め尽くす。
「もっとよく見たい……貴大さん……」
 ねだる声に応え、唐桑は前方にゆっくりと両手を突いた。自然と後ろに尻が突き出されるような形になる。持田は近付いたそこに両手を伸ばし、左右の尻臀を掴んで、左右にぐっと押し開いた。張った肉の間に隠れていた慎ましやかな窄まりが露出する。
「ん……」
 唐桑が小さく声を漏らした。その低い声は持田を痺れさせ、持田の前に晒されたそこは持田の体を熱くする。片方の手で尻を開きながら、もう片方の指でそこに触れても、唐桑は抗議の声を発しようとはしなかった。用意していた下着を手に取った時点で覚悟していたのかもしれない――だが、どこまでだろう? この美しい年上の恋人は、一体どこまで覚悟したのだろう?
 もし、襞を押し広げて舌をねじ込み、中をどろどろに舐め上げたとしたら、どんな風に乱れるのだろうか?
 持田はズボンのポケットに突っ込んでいたローションのミニボトルを開け、ゆっくりとその場所に垂らした。体温が移ったその透明の液体は唐桑の肌を濡らし、襞を艶やかに潤わせる。指を差し込む事さえ躊躇うような小さな穴を親指の腹でゆっくりと撫でると、襞がきゅうっと締まった。侵入を拒みながら、同時に吸い付いてくるような動き。
 ――この中に、入りたい。
 持田は堪らない気持ちでそう願った。舌だけでは足りない。指で思い切り中を掻きまわしてみたかった。唐桑の感じる場所を擦って、甘い声で鳴かせたかった。唐桑の身体が震えているときの、あの強い締め付けを感じたい……。
 ローションのぬめりを借りて、親指をぐっとそこに押し当てた。僅かな抵抗の後、先端がまだ狭い内壁に呑み込まれる。唐桑が細く長く息を吐き出す。持田は柔らかな肉襞に包まれた指を半ばすぎまで押し進め、抜ける直前までゆっくりと引き、また中に入っていく。温かな内壁を何度もそうやって擦るうちに、唐桑の息が荒くなってくる。愛撫は痛みを与えるほど激しくはない――そう、感じているのだ。
 持田は親指を深くまで挿入し、中でぐるりと指を回した。
「あっ……」
 唐桑の体が大きく波打った。
「……、泰河……」
「気持ち、良い? ……痛い?」
「……良い……良い、泰河……」
 親指を抜き、ローションを纏わりつかせた人差し指を入れる。少しだけ抜き差しして、中指を滑り込ませる。ぐちゅっ、と濡れた音がした。唐桑が浴室で一人、自分自身に施したであろう事を持田は想像する――叶うなら、この目で見てみたかったと思う。
 持田が僅かに指を動かすだけで内壁は敏感にそれを感じ取り、いじらしく持田を締め付け、離すまいとする。奥へ奥へと誘い込まれる。広がった襞はぬらりと光りながらひくつき、指を引くと時折性器のように淡いピンク色の内壁の縁を覗かせた。
「ああ……」
 前立腺を圧迫しながら内壁をぐるりと撫で回せば、唐桑は堪らなくなったように甘い声を漏らした。持田は頭を浮かせ、わななく尻臀に唇を押し当てた。汗でうっすらと湿った肌を吸うと唐桑の中が締まる。持田は夢中で口付けを繰り返し、きつく吸い付き、最後には歯を立てた。
 唐桑は呻き、その痛みから逃れようとする。持田はしっかりと持田の太腿を押さえながら歯形の残る肌に尖らせた舌を押し付け、指で中を掻き回した。唐桑の身体が震える……強い締め付けの後に内壁が断続的に収縮する。持田は絶頂に達した唐桑の中を宥めるように緩く擦り、汗で湿った肌に舌を這わせ口付ける。快感と痛みを拾い上げる敏感な体が嬉しかった。震える体を愛おしいと思った。
 やがて唐桑の身体から力が抜け、前に倒れ込んだ。その拍子に指も抜ける。持田は上体を起こし、唐桑の身体を後ろから抱き上げ、自身に凭れさせた。肩で息をしていた唐桑は持田に体を預け、泣き出す寸前のような吐息を漏らした。持田は唐桑の耳に唇を落とした。
「…………」
 唐桑は整い切らない息を吐き出しながら振り返り、持田に口付ける。ゆっくりと唇が触れるだけのキスは徐々に激しくなり、唐桑はもどかしげに体勢を変えて持田と向かい合った。そして汗に濡れた前髪を後ろにかき上げ、現れた額を持田の額に合わせる。吐息同士が触れ合って、唇が重なる。高鳴る心臓の鼓動はどちらのものだろうか――持田は唐桑の尻臀を揉み、双丘の間に手を滑らせ、指先をまだ濡れた襞に押し付け、中に指を差し込んだ。唐桑は唇を離し、目を開いて持田を見つめた。濡れた長い睫毛が重たげに揺れる。
「愛してるっていうのは……俺は泰河の特別だって事か?」
「……そうだよ。貴大さんは、俺の特別」
 あの日口走った言葉は、本心だった。唐桑の目にはさらりと口にしたようにしか見えなかっただろうが、心の底からそう思って口にした真実の言葉だった。
「なら……俺の為に、取っておいてくれたんだよな?」
 指は唐桑の奥深くに潜り込む。まだ敏感な粘膜に快感を呼び起こす。持田はそこをペニスで嬲られるときの快感を知っている。そして唐桑もそれを知りたいと思ってくれている。この美しい人は、それがどんなに良いか知りたくて堪らない顔をしている。持田を欲している。たった一つしかないものを奪い取ろうとしている。
 持田は指をゆっくりと引き抜いた。もう指を入れるだけでは足りなかった。
「……うん。貴大さんに出会うずっと前から、貴大さんのものだよ」
「ずっと……前から?」
「そう、ずっと前から……」
 その言葉を唐桑がどう解釈したのか、持田には分からなかった。唐桑は持田の唇を唇で塞ぎ、押し倒した。そして持田のシャツを脱がし、ズボンに手を掛けた。持田は唐桑の身体の下で体を蠢かせ、下着ごと邪魔な布を脱ぎ捨てた。勃起したペニスが勢いよく飛び出して、とろりと透明の糸を引いた。唐桑の指が幹に絡む。その大きさ、熱さ、硬さを確かめるように下から上に撫で上げる。そして、離れた。唐桑は持田の腹の上を跨ぎ、後ろ手に持田のペニスに触れようとする。持田が濡れた下着のゴムに指を掛けると、唐桑はすぐに意図を読んでそれを引き下ろし、脱ぎ捨てて裸になった。精液に濡れたペニスは既に芯を持って硬くなり、そそり立って、まるでこれから持田を犯そうとでもするようにぬらぬらと光っている。持田がそれに手を伸ばそうとすると、唐桑はその手を掴んでシーツに縫い止め、唇を唇で塞ぎ、ねっとりと舌を絡ませるキスをした。期待に膨らんだ持田のペニスに、唐桑の尻臀が擦れる。
 唇が離れた。唐桑は吐息が触れる距離で持田を見つめた。
「泰河……入れたいか?」
 持田が頷くと、唐桑は持田の頭を、頬を優しく撫でた。見上げた唐桑の目を、汗ばんだその頬を、持田はそれまでに目にした何よりも美しいと思った。
「俺も欲しい……俺が入れても、いいか?」
「いいよ……貴大さんの中に入りたい……そのまま、入れて」
 唐桑は一瞬躊躇い、それから頷いた。体を起こし、片手で持田のペニスを支えながら、もう片方の手を自身の後ろに回す。唐桑はそのまま腰を落とそうとしたが、ほんの少し前まで太く長い指を受け入れていた筈のそこは閉じ、ぬるぬると滑るばかりでなかなか入らない。唐桑は深呼吸を一つして足を開き、自身の指をローションで濡らして後ろに回した。きっとその指で中を広げていたのだろう。指を引き抜いた唐桑はそこに持田のペニスを押し付けた。今度は上手くいった。ゆっくりと少しずつ中に――呑み込まれていく。持田は自身のペニスが唐桑の中に入っていくのを、弾けそうなほど速く激しく脈打つ自身の鼓動を聞きながら見つめていた。
 半ばまで挿入したところで唐桑は一度動きを止めた。苦痛を堪える顔――引き締まった美しい体は強張り、その場所は持田をきつく締め付けている。
「ん……」
 持田が痛みを少しでも紛らわせようと太腿を撫でると、唐桑は持田の目を見つめながらゆっくりと息を吐いて力を抜き、また腰を落とし始めた。時間を掛けて少しずつ、最後には根元近くまで、唐桑は持田のペニスを自身の中に受け入れた。
 荒く息を吐き出す音。唐桑のこめかみに浮いた汗が静かに流れ落ちて、完璧な形をした顎にまで下りる。その汗は唐桑の胸に落ちた。上下する逞しい胸、乳首は少し芯を持って尖っている。肌は浮いた汗で輝き、興奮に上気し、程よい筋肉がついた腹と太腿は芸術的な線を描いていた。
 持田を受け入れたその体は、息を呑むほど美しかった。
 そしてその体の奥、持田の太いペニスを受け入れたその場所は――信じられないくらいに気持ちが良かった。
「……凄い、気持ち良い……貴大さんの中、溶けそう……」
 じっと持田を見つめていた唐桑は、一拍遅れてその顔に嬉しげな笑みを浮かべた。
「そうか……」
 良かった――と殆ど吐息だけの音のない言葉を、唐桑の唇が紡いだ。
 持田は無意識に唐桑の両の太腿に手を置き、それから太腿に置かれていた唐桑の手を取った。見つめ合って、キスがしたくなる。持田が頭を浮かせると、唐桑は持田の顔の横に手を突いてゆっくりと前屈みになり、二人は繋がったまま唇を重ねた。
 夢中で舌を絡ませながら唐桑の身体に触れる。太腿を、尻を、腰を、硬いままのペニスを愛撫する。自身のそれを慰める時と同じように思い切りいやらしい手つきで扱くと、内壁がペニスを甘く締め付けた。
 溶けそうだ、と持田は思った。柔らかな唇と温かな内壁で理性も思考も溶かされて、唐桑の事以外何も考えられない。泣きたくなるほど気持ち良い――。
 唇が離れる。持田は枕に頭を置き、唐桑は少しだけ体を起こしてベッドのヘッドボードに片手を置き、もう片方をペニスに触れた持田の手に重ねた。そして躊躇いがちに腰が動き始める。
 持田の上で、男が躍る。始めはぎこちない動きで、やがて滑らかで緩やかなリズムで唐桑は体を揺らす。浅く一番締め付けのきつい場所がペニスを扱き上げ、腸壁が柔らかく撫で上げる。持田を翻弄する。
 唐桑がそこで感じ始めたのが、表情と呼吸で分かった。悩ましげに寄せられた眉。少し開いた唇。吐き出す息に快感が滲んでいる。唐桑は持田のペニスで同じ場所を繰り返し擦った。内壁が吸い付くような動きをする。唐桑のペニスに触れていた二人の手は外れていたが、唐桑のそれは気持ちよさげにとろとろと先走りを漏らしていた。
「良い、ああ、良い……泰河……気持ち良い、泰河……」
 唐桑はうわ言のように呟きながら目を閉じ、また開いた。持田を見下ろし、目が合って、微笑がその顔に浮かぶ。
「……っ、貴大、さん……」
 愛してると言いたかったのに、声にならなかった。
 唐桑は持田の腕に両手を置き、円を描くように腰を軽く回す動きをした。そのみだらな動きに持田は呻き、震えた。抗えないほど強い快感が波のように肉体を満たし、溢れて、絶頂に達する。それは一瞬意識が途切れるほど強く、長く続いた。唐桑も達したのだろう、ペニスを包み込む内壁が、精液を受けるその場所が快感に震えて波打つように動くのが、どうしようもなく気持ちが良かった。
 唐桑は体を震わせながら持田の方にゆっくりと倒れ込んだ。持田は無意識にその身体を抱き留め、きつく抱いた。その拍子に中からペニスが抜けてしまったが、快感の余韻が醒める事はなく、放心状態で息をする。
 ――貴大さん。
 無意識に名前を呼ぶ。貴大さん、貴大さん、貴大さん……。
「貴大さん」
 顔を引き寄せ、目を合わせ、唇を重ねる。ぼんやりとした目つきで口付けに応えてくれる唐桑がどうしようもなく愛おしくて、勢いのまま体勢を反転させる。
「貴大さん……」
 萎んで柔らかくなっていた筈のペニスが芯を持って、収まるべき場所を探すように唐桑の身体に触れる。持田は無意識に唐桑の足の間に体をねじ込み、濡れた太腿にペニスを押し付けていた。その手は唐桑の身体をまさぐり、胸を撫でる。指に引っかかった柔らかな突起を指先で押し潰しながら、唐桑の唇に、頬に口付けた。形のいい耳に唇を押し当てる。首を吸って、痕を残す。
「あ……」
 唐桑は声を漏らし、太腿で持田の身体を締め付けた。持田の下で、唐桑の身体が波打つ。
「泰河……」
 切なげな声で名前を呼ばれ、顔を引き寄せられた。唐桑の手が持田の首の後ろに回る。唇を奪われる――じんと腰が痺れるようなキス。
 唇が離れると、すぐに追い掛けた。もう一度唇を重ね合わせた後、唐桑の膝の裏に手を入れ、足を開かせた。片手で支えたペニスをそこにぐっと押し付ける――中に先端がめり込む。ぬるついた内壁に誘い込まれるように腰を進めていく。深くまで埋め込むと、持田はその心地良さに目を閉じ、溜め息を吐いた。中は濡れてとろけて、ペニスを温かく包み込んでくれる。
 持田は目を開け、どこまで入っているか確かめるように唐桑の腹に手を伸ばした。腹筋をそっと撫でるだけで、内壁がきゅうきゅうと持田を締め付けた――言葉にならないくらいに気持ち良い。その良さをもっと味わいたくなって、限界まで中に押し込みながら腰をぐりぐりと動かした。
「ああっ……」
 唐桑は声を上げ、持田に縋り付いた。
「貴大さん、これ……好き? 良い?」
「良い……、好きだ……好き……」
 低く囁く低い声は、愛の言葉を紡いでいるかのように甘い。持田はその甘美な響きに酔い、何度も頭の中で繰り返しながら、無意識に緩く腰を動かし始めた。
「俺も好き……貴大さんの身体、本当に……気持ち良い……好き……」
 何度も唇と唇を重ね、首に、肩に吸い付く。あちこちに口付けて、それでも足らずにまた唇を重ねた。深く口付けたくなって、勢いのまま唐桑の身体を抱き上げる。
 呆然としている唐桑の腰を抱いて引き寄せ、汗ばんだ体同士を密着させた。顔を寄せ、愛しい人の目を見つめる。まなじりを涙が濡らす目に、静かに見つめ返される。
「泰河……」
 愛おしいと、その目が囁いたような気がした。
 その瞬間、持田は心の奥底から深く満たされた。そしてもう一度、腕に抱いたこの美しい人に恋をした。
 どちらからともなく唇を重ね合って、二人は繋がったまま夢中でキスをした。
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