19.近付く体

 抱き合ったまま目覚めた。信治は目を開き、腕に抱き締めている体が既に覚醒していることに気付いた。
「おはよう、優人さん」
「おはようございます」
 髭の生える気配すら見せない滑らかな頬にキスを一つ落とした後、信治は体を離して起き上がった。欠伸が出る。空気が冷たいことから考えるとまだ早い時間なのかもしれない。時計を見ると六時十四分だった。
「信治くんが眠っている間に朝食の用意をしようと思ったんですが……」
「はは、俺がずっと抱き締めてたから逃げられなかったんでしょ」
 風呂にも入らずしっかりと服を着たまま眠ってしまったせいか、腕に人を抱いたまま長時間横たわっていたせいか、信治は手足に若干の怠さを感じた。伸びをしてベッドから降り、安楽の手首を握る。
「顔、洗いに行こう」
 二人は一階に下り、顔を洗って歯を磨き、それから居間に入った。安楽はキッチンに向かい、信治は広々とした四人掛けのソファに腰を下ろした。向かいには大きなテレビがあったが電源を入れる気にはならず、代わりに立ち上がってカーテンを開け、網戸ごとガラス戸を開けた。早朝の澄んだ空気は素晴らしかった。遠くから小鳥が鳴く声が聞こえる。森の空気を深く肺に吸い込み、美しく整った白の庭と、青々と茂った木々の緑を十分堪能した後、信治はキッチンに入った。安楽はちょうど皿を片付けてしまったところらしく蛇口を濡れた手で締めていた。
「すみません。すぐに用意します」
 信治は首を横に振り、タオルで手を拭いた安楽の手を引いて居間に戻った。
「信治くん? 朝食は……」
「後で俺が作ります」
 ソファに安楽を座らせ、信治はその横に腰掛けた。抱き寄せて口付ける。二度目のキスも昨夜と同じ、そっと触れるだけのものだった。信治は少しだけ顔を離して安楽の頬に手の平を当てた。暫し見つめ合い、そこに嫌悪の色や拒絶の意思が見えないことを確認する。ただ僅かに、戸惑っているような雰囲気を感じ取った。
 信治は安楽の母親がここで亡くなったことを思い出した。血の臭いはしない。ソファは買い換えたかもしれないが、思い出は残っているかもしれない。
「優人さん、俺のことだけ考えてて下さい」
 信治くんのことだけ、と安楽は口の中で呟いた。信治は頷いた。
「それから……目を閉じて」
 瞼が下り、長い栗色の睫毛が下を向く。信治は親指の腹で滑らかな頬を撫で、少しだけ開いた唇に己のものを押し当てる。何度も離しては合わせ、時折唇で唇をやわりと食むようにする。何も応えようとしない唇から己のものを離して目を開くと、安楽は瞼を上げた。
「信治くん……」
 吐息混じりの声。信治は自分の独りよがりではないことを悟った。性的なものかどうかは分からない。だが心地良さを感じている。そしてきっとこの人は応えたくないのではなく、ただ応え方を知らないのだ。そう思った。
「もっとしてもいい?」
 頷いた安楽をソファに横たえ、自分はその上に乗り上がってもう一度顔を近付けた。安楽の頬を撫で、輪郭をなぞり、髪の中に指を差し入れ、時折肩を擦りながら、飽きもせずに何度も唇を合わせた。それが自分の唇かそうでないのか、段々と身体感覚の外と内の境界が曖昧になってくる頃、信治は角度を変えて深く口付け、舌を伸ばした。舌先で安楽の唇をそっと舐め、それから前歯と前歯の間に舌を差し込む。形のいい歯に擦られながら挿入した舌は、安楽の舌に触れた。脳天が痺れるような感覚。柔らかく微かにミントの味を残した舌は信治の体温を一気に上昇させた。欲望の手綱をきつく握り締めながら、信治は安楽の咥内をゆっくりと味わい始めた。あたたかく十分に湿った舌、滑らかな歯の感触、やわらかい唇。手綱を離せば勢いのまま貪ってしまいそうなほど気持ちがいい。
 やがて安楽は信治の首の後ろに手を回した。求めている、というより、目の前の体に思わず縋ってしまったような動きだった。愛しさが込み上げて、信治は思わず安楽の体に抱き付いた。白く長い首の横に顔を埋めながらぎゅっと体を抱き締める。僅かに乱れた息遣いが耳に入り、下腹がぐっと熱くなる。信治は顔を上げた。じっとこちらを見つめている目と視線が合う。信治は安楽の頬を唇で愛撫し、唇に唇を強く押し当てた。
「優人さん、優人さん……」
 もう止まらなかった。他の誰ともしたことがないような情熱的な口付けを、無抵抗の唇に与え続ける。舌を舌で押し潰しながら深く侵入したかと思えば、誘い込むように絡めて掬い上げる。唇を歯で甘噛みし、何度も角度を変えて口付ける。息苦しさを感じるほど強く、長く、荒々しいと言ってもいいようなやり方で。
 どれくらい経った頃だろうか。信治は自分が無意識に股間を安楽の腹へと押し付けていることに気付き、はっと動きを止めた。やりすぎだ。強い羞恥と罪悪感に襲われる。恐る恐る顔を離して、安楽を見下ろす。
 安楽はぼんやりと目を開け、ゆっくりと瞬きをして信治を見上げた。そして信治の頬に手を伸ばす。
「優人、さん」
 頬に当てられた手は、信治が初めの頃そうしたように優しく信治の肌を撫でた。信治は安堵し、それから衝動を思い出してその手を捕らえ、手の平に唇を強く押し当てた。
「好きです……、優人さんが好きです」
 数えきれない程の人間を殺し、その死体を切り刻んだ手。それでも信治はその手に口付けることが出来た。禁忌を犯した口に、何の躊躇いもなく口付けることが出来た。自分が押し倒しているこの人はあのときの少年の延長線上にいて、そして今自分だけを見つめている――安楽の人生の重み、犯した罪の重みを感じても、それ以上に溢れる感情と欲望があった。
「優人さんは、こういうこと……好きですか? 嫌いじゃない?」
「こういうこと?」
「キス、とか。その先のこととか。俺とそういうこと、したいと思いますか?」
 これが普通の相手なら聞くだけ野暮な質問だ。だが安楽は違う。こうして口付けてみて分かった。信治が求めているというだけの理由で何もかも受け入れ、与えてしまう。信治は自分が事を都合のいいように解釈してしまうのが怖かった。安楽から何かを奪ったり、安楽が求めていないものを押し付けたりはしたくはない。抱き合うだけがいいなら、戯れるように口付けるだけがいいのなら、それでもよかった。
 境界線を引いて、そこを踏み越えないようにしたい。
「それはセックスのことですか?」
 頷くと、安楽は考え込むように沈黙し、そして口を開いた。
「僕は勃起不全で、性的興奮も覚えたことがなく、これまで性行為が上手くいったことは一度もありません。だから僕は信治くんに上手く応えられない可能性が高いと思います」
 言いにくいことを言わせてしまった。信治は謝ろうと口を開きかけたが、それより安楽が言葉を続ける方が早かった。
「ですが信治くんがもし――」
「待ってください」
 信治は安楽の手を置き、上から握った。
「俺は今のままでいいです。無理してほしくないから。……キスは、大丈夫ですよね?」
 一呼吸置いて安楽が頷くと、信治はその唇に軽く口付けた。
 考えてみれば、安楽が自分に向けている好意が恋愛感情であるとは限らないのだ。信治は家族になりたいと言ったことがある。安楽はそれに応えようとした。もしかすると安楽は兄弟のように、あるいは兄弟のように親密な友人同士として付き合いたいのかもしれない。もしそうだとしたら、性愛どころか恋ですらない。
 すっと熱が引く。心の片隅に抱いていた期待が報われることはなかった。少しだけ落胆する――だが安楽に対する想いが揺らぐことはない。
「じゃあ俺、ご飯作ってきます」
 信治は安楽の上から、ソファの上から降りてキッチンに向かった。

 端が焦げた目玉焼き、缶詰の豆煮、同じく缶詰めのパンを皿に盛り付けただけの朝食を取った。それから交代で入浴し、二人は並んで映画を見始めた。遮光性の高い居間のカーテンを閉め音量を高くして観るとなかなか雰囲気が出る。内容は最近レンタル・セルが開始されたばかりのアクションコメディーだ。信治は傍らの安楽の肩に顔を埋めながら笑いの衝動を堪え、繋いだ手をぎゅっと握り締めて見入り、最後には心地良い余韻に浸りながらエンドロールをじっと眺めていた。再生が終わり、立ち上がろうとしたところで信治は違和感を覚えた。
「優人さん?」
 指を絡めて繋いだ手が離せない。安楽の指先に力が入っているせいだ。
「どうしたんですか?」
「信治くん」
「優人さ――」
 安楽の顔が間近に迫ったかと思うと、柔らかいものが唇に触れた。口付けられている、そう気付いた瞬間に両肩を掴まれて押し倒された。ライトブラウンの皮に背中を倒され、腹の上に腰を下ろされる。安楽は信治に口付けながら頬を撫で、輪郭をなぞり、髪の中に指を差し入れ、時折肩を擦りながら、固まっている信治と何度も唇を合わせた。やがて安楽は角度を変えて深く口付け、舌を伸ばした。舌先で唇をそっと舐められ、それから前歯と前歯の間に舌を差し込まれた。侵入してきた舌は、信治の舌に触れた。ぐっと下半身に熱が集まるのを感じる。それと同時に、今起こっていることは朝の再現だということに気付いた。安楽は信治のやり方をそのままなぞっている。
 信治は安楽の胸に手を当て、そっと押した。
「ま……って、待って、どうしたんですか」 
 安楽は困ったように眉尻を下げ、小首を傾げた。
「僕はやり方を間違えましたか?」
「いや……えっと……その、無理はしないでください」
「無理?」
「こういうことしなくても俺はどこにも行かないし、優人さんもここにいてくれるから、それで十分です」
 ね、と信治は安心させるように微笑んで見せた。だが安楽は信治の上から退こうとしない。信治は手の平に汗がじわりと滲むのを感じた。あのキスの後でこの体勢を長く続けていると――安楽の小さく締まった尻を腹の上に感じていると、さすがに催してしまう。
「信治くんは……僕じゃ駄目ですか」
「全然駄目じゃないです」
 思わず即答してしまった。慌てて付け加える。
「全然駄目じゃない、から俺が駄目なんです。止まれなくなるから」
「止まれなくなる……止まる必要はあるんですか?」
 安楽は胸に触れていた信治の手を取り、信治がしたように手の平に口付けた。
「――僕は止めて欲しくなんかないのに」
 カッと熱が下半身に集まる。信治は安楽を引き寄せた。胸を触れ合わせるようにすると、その分ぐっと体重がかかった。細身に見えて意外に重たい体。
「優人さん、本当に?」
「信治くんにもっと近付ける方法があるなら……」
 あたたかい息遣いを肌で感じる。
「試して、みたい?」
 安楽は小さく頷いた。
 
 信治は安楽の手を引きながら二階に上がった。どちらの部屋に入るか暫し迷って、安楽の部屋に入る。過ごした時間が長い場所の方がリラックス出来るかもしれない。
 昼間だというのに部屋は薄暗かった。カーテンは閉めなくていいだろう。信治は安楽を導き、ベッドに座らせた。緊張と期待から心臓が徐々に動きを速めていく。上半身に響くようなそれを感じつつ身を屈めて安楽に口付けた。唇をやわく食みながら肩を押し、そっと安楽の体を倒す。これから起こることを考えると頭が真っ白になりそうだった。数少ない、というより過去に付き合った中の一人との、それも異性との経験しかない状態で、どれだけのことが出来るか分からなかった。信治は安楽のシャツに手をやり、過去の記憶を呼び起こしてボタンに手を掛けた。だが余計な思考は手先の感覚を狂わせる。指が滑ってしまい、ボタンを引きちぎってしまいそうになった。
 ――もし上手くいかなくても、そのときはまた明日試せばいい。時間はいくらでもある。何カ月かけてもいいのだ。そう自分に言い聞かせ、信治は唇を離して一つずつゆっくりとボタンを外していくことにした。手持ち無沙汰なもう片方の手を、無防備に投げ出された安楽の手に伸ばして指を絡めると、安楽はきゅっと握り返してきた。
 それが無性に嬉しかった。愛しさが込み上げ、胸が熱くなる。
「優人さん」
「はい」
「もし、優人さんがして欲しいこととか、したいことがあったら……その時は教えてください」
 何でもしてやりたい。自分が出来ることなら、どんなことでも。心の底からそう思って出てきた言葉だった。安楽は頷き、信治はその頬に口付けた。
 ボタンを全て外し終わると、信治はそっとシャツを肌蹴させた。引き締まった色白の体に手の平で触れる。さらりとした感触を味わいながら腹筋をなぞり、そのまま胸に滑らせた。なだらかに盛り上がっている筋肉の感触を確かめるように何度か撫で、指先で薄く色付いた乳首に触れた――柔らかい。信治は衝動的にそこへ唇を落とした。一旦離し、またもう一度口付ける。舌が自然に伸びた、ぺろりと舐め、それから舌で全体を押し潰すように圧力を掛けながら舐めていく。刺激によって次第に形を変えていくのに興奮を煽られ、それを上唇と下唇の間に挟み、吸い付いた。離すことが出来たのは殆どふやけてしまう寸前で、なにも刺激を与えていないもう一方と、唾液で濡れて立ち上がったものの対比にくらくらした。繋いだ手の平には汗が滲んでいる。その汗はおそらく信治のものだろう。安楽はじっと信治のやることを見つめているが、その瞳に興奮の色はまだ見えない。信治は一旦手を離し、シャツに手を掛けた。肩からそっと引き抜いて傍らに置く。
「優人さん、枕に頭置いて」
 言われた通りに従い、安楽はベッドの上の方に移動して頭を落ち着けた。信治はTシャツを脱いで後ろに投げ、安楽に身を寄せる。両足を跨いで膝立ちになり、折り目の付いたスラックスのベルト部分に手を伸ばした。カチャカチャと音を鳴らしてピンを、ベルトの先を穴から引き抜く。スラックスの一番上のボタンを外し、ファスナーを下ろした。
「腰、ちょっと上げてください」
 すぐに浮いた腰からスラックスを引き抜いた。靴下に人差し指を差し込み、そのまま脱がせる。長い足の間に入り、薄らと傷跡を残した膝に口付けた。それから信治は顔を上げ、改めて安楽の体を眺め感嘆の溜息を吐いた。
 安楽の体は美しかった。体毛の少ない滑らかな肌、適度に引き締まった筋肉、均整の取れた骨格。パーツ一つ一つが完璧に整っている。片膝に残った傷跡だけが左右対称のバランスを崩していたが、それすらも信治の目には美しく見えた。
「優人さんの体、凄く綺麗です」
 男に綺麗だと言うのは褒め言葉に当たるのだろうか。だがそれ以外の言葉を見つけることが出来なかった。安楽は常のように微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと瞬きをしている。
「そうですか?」
「うん。そうです」
 きっと安楽は嬉しいとも失礼だとも思っていない。安楽が自身のその体に何の執着も抱いていないのは知っていた。これほど美しいのに、それについて何の感情も抱いていない。信治は胸の奥で言語化できない小さな痛みが生まれるのを感じた。それを誤魔化すように安楽の太股に触れる。さらりとした肌に手の平を滑らせ、脛を、足首を、足指の先の形を味わう。暫く堪能した後、大胆な気持ちになって太股の内側を撫でてみた。肌は一層やわらかく、滑らかな感触をしている。気持ちが良かった。
 信治が好き勝手に体を撫でまわしている間、安楽は何も言わず、ただなされるがままになっていた。信治は擽ったがりな方だが、安楽は真逆だ。どんなに触れられても微動だにしない。まるで人形のようだった。何も感じないのだろうか。そう思って手を止めた瞬間、ふいに信治は安楽の手が自分の方に伸ばされるのに気付いた。その手は信治の右肩に触れた。
「優人さん?」
 安楽はまるで生まれて初めて目にするもののように信治の腕を見ていた。その手は信治の肩から上腕へ、上腕から肘へ、肘から前腕へと形を確かめながら下りる。安楽は手首をゆるく握って手の甲にうっすらと浮き出た血管を見つめ、それから指先でなぞった。信治は安楽のすることを黙って眺めていた。何を思っての行動かは分からなかったが、触れられるのは嬉しかった。やがて安楽は信治の指を一本ずつ扱い始めた。関節を軽く折り曲げ、指紋をまじまじと見つめ、手の平で包む。まるでその機能を確かめ、大きさや太さを測っているかのようだった。安楽は最後に、自身の手の平と信治のそれを合わせた。安楽の指は信治の方からは殆ど窺えない。安楽の手は機能的な形をしていたが、ほんの僅かに信治の方が大きさで勝っていた。
「信治くん」
 視線を手から安楽の顔に移す。
「もっと……」
「……もっと?」
「もっと僕の体に触れてください」
 やはりその瞳の中に興奮は見当たらなかった。それでも信治は、安楽が自分を求める台詞を口にしたことで気分が酷く高揚するのを感じた。部屋着のズボンを脱ぎ捨て、露わになった太股の上に安楽の太股を乗せる。そして安楽の下着に手を伸ばした。グレーのボクサーパンツ。まだ反応を示していない。信治はその上に手を置いた。左手で安楽の手を握りながら、まだ柔らかいそこをゆっくりと擦り始める。布地の上からでも形はぼんやりと分かり、初めて触れる他人のそれに、安楽の性器に、ごくりと唾を飲んだ。
「優人さん。痛かったり、気持ち悪くなったりしたら、すぐ教えて」
 安楽が頷くのをしっかりと確認してから、信治は触れていた下着に手を掛けた。ゆっくりとずらして性器を露出させる――まず髪と同じ色の薄い毛が見えた。それからまだ立ち上がっていない性器が目に入る。薄いピンクの、先端から陰嚢まできれいな形をした性器だった。信治は安楽の足から下着を完全に引き抜き、そっとそこに手を伸ばして、股間と安楽の顔を交互に見ながらやわやわと手の中で刺激し始めた。安楽はその様子を殆ど瞬きもせずに見つめている。信治は羞恥心を全く表に出さない安楽の代わりに、何となく気恥ずかしい思いに襲われた。まるで自分の性器を弄っている場面を観察されているかのようだった。ただそれは不快感には繋がらず、倒錯的な快楽へと変換されていった。
 程なくして、安楽の胸の動きが大きくなっていくのが分かった。呼吸が乱れている。そして瞼の動きが、瞬きが速くなり、それに伴って信治の手の中のものが形を変えていく。信治が緩やかな動きで上下に擦り始めると、安楽の太股が信治の腰を挟むように閉じた。片方の太股に置いていた手を宥めるように動かしてみる。さらりと乾いていた筈の安楽の肌は薄らと汗ばみ、あたたかくなっていた。
 感じてくれている――それも、この手の刺激で。信治は強い喜びを感じながら性器の先端から漏れ始めた先走りに触れた。小さな穴を指の腹で刺激し、ぬるついた先走りを竿の部分に絡めて扱いていく。安楽は唐突に、太股を撫でていた方の手を掴んだ。
「……やめる?」
 性器を刺激していた方の手を止めて訊くと、安楽は首を横に振った。だが、戸惑っているような雰囲気があった。自分の体に起こっていることに混乱しているのかもしれない。信治は逡巡の後、安楽から体を離した。下着を脱いで安楽の側に横たわる。
「優人さん」
 キスをしながら安楽の体を抱き寄せ、足を絡ませて性器同士を触れ合わせる。信治のものはとうの昔に勃起していて、狭苦しい下着の中から解放されたことを喜びながら先走りを流していた。
「俺に抱き着いて、ただ身を任せて」
 囁くように言うと、安楽は頷いて信治に縋り付いた。信治は二人分の性器を手の平でしっかりと合わせたまま扱き始める。初めてする行為だったが、どうすればいいのか本能的に悟っていた。敏感な先端同士を擦り合わせ、強弱を付けながらぬるつく手の平を上下に動かし、時折安楽に口付けながら腰をゆるく振る。鼻腔を刺激するのは石鹸と洗髪剤の香り、どちらのものかも分からない微かな汗のにおい。間近に聞こえる息遣いはいじらしい程震えていて、触れ合った体はあたたかい。次第に信治は安楽の体に圧し掛かっていき、気付けば完全に上位になって安楽を追い詰めていた。片手で、手の平から肘までの部分で体重を支えながら口付け、もう片方の手で二人の性器を掴み、殆ど腰の動きだけで快楽を追う。まるで犯しているような気分だった。安楽の中に入って、その体の内側を下から突き上げているような――そう、多分それは今日に至るまで我慢出来る筈だと自分自身に言い聞かせていた、信治の願望だった。信治は安楽を抱いてみたかった。きっと誰にも触らせたことのない場所を開いて、そのあたたかい肉壁に包まれながら達してみたかった。震える体を宥めながら、口付けながら、その中に熱を吐き出してみたかった。
 完全に自覚してしまえばもう止まることは出来ない。きっと信治は安楽を抱くだろう。数日の内に、もしかすると数時間の内に。
「信治くん、信治くん……」
 キスの合間に漏れる声が、背中に回っている手に入った力が、近付いている限界を知らせる。
「優人さん、大丈夫です、大丈夫だから……心配しないで、好き、好きです、優人さん」
 そう囁きながら、信治は安楽の首の付け根に顔を埋めた。しっとりと濡れた肌に唇を押し付ける。やがて信治は下にした安楽の体が大きく震えるのを感じた。
「あっ」
 驚いたように小さく声を上げて、安楽は一瞬体を硬直させた。信治は手と腰の動きを止め、顔を安楽から離して下を見る。安楽は射精していた。上を見ると、潤んだ瞳と目があった。頬を上気させ、はっ、はっ、と息を吸い込みながら断続的に精液を吐き出している安楽の姿に、頭がじんと痺れるような愛しさを感じる。信治はその頬に口付け、自分のものを強く扱いた。一際大きな快楽の波が信治の体を包み、既に濡れている安楽の腹へと勢いよく精液を吐き出させた。

←前の話へ 次の話へ→ topページに戻る